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東京高等裁判所 昭和26年(う)1692号 判決

控訴人 被告人 小山康雄 福岡武

検察官 大久保重太郎関与

主文

原判決を破棄する。

被告人小山康雄を懲役十月に処する。

但し本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中被告人小山康雄の原審国選弁護人に支給した分は同被告人の負担とする。

被告人福岡武に対する本件公訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人遠山丙市及び同早川健一共同作成名義の控訴趣意書に記載してあるとおりである。これに対し、当裁判所は左の如く判断する。

控訴趣意第一点について、所論は被告人福岡武が昭和六年十月九日生の少年であるにかかわらず、原審は、同被告人の昭和五年十月生であるとの陳述のみをもつて同被告人を成年と即断し少年法所定の手続を経ずして行われた同被告人に対する公訴を受理し、且つ審判したのであるから、訴訟手続に法令の違反があると主張するのである。よつて按ずるのに、被告人福岡武の当公廷における供述及び本件控訴趣意書添付の戸籍謄本の記載に徴すると、同被告人は所論のとおり昭和六年十月九日生の少年であることを確認するに難くない。従つて、同被告人については、検察官は、犯罪の嫌疑があるものと思料した場合でも、少年法第四十二条の規定に従い、よろしく一旦これを家庭裁判所に送致し、同裁判所が同少年を保護処分に付するのと刑事処分に付するのといずれが相当であるかについて調査した結果刑事処分を相当と認め、同法第二十条の規定により決定をもつてこれを検察官に送致したときにかぎり、はじめて同法第四十五条第五号前段本文の規定に則り公訴提起の手続をとり得たものであることはいうをまたない。然るに、記録に徴すると、同被告人に対する本件公訴は、右のように家庭裁判所を経由することなく、昭和二十六年二月十日及び同月十六日(追起訴)の両度にわたり、いずれも直ちに原裁判所に対し提起せられ、原裁判所もまたこれを受理して審理の上有罪を認定処断したことは明瞭である。これは論旨指摘のとおり、同被告人がその年令を昭和五年十月生であると自供したことをその侭措信し、更に調査を尽すことを怠つたがために採られた措置であることは、記録上これを推測するに難くないが、少年がその年令をいつわり、成年であると供述したというだけをもつて、直ちに同人に対し少年法の適用を排除してよいという理由にはならない。即ち同被告人に対する右公訴の提起は少年の重大な利益を害するものであり、刑事訴訟法第三百三十八条第四号にいわゆる公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるときというのに該当するものと解するのを相当とするから、原審においてはよろしく判決をもつて同被告人に対する公訴を棄却すべきものである。従つて前記のとおり右公訴を受理の上同被告人に対し有罪の認定処断を行つた原判決は、破棄を免れない。論旨は理由がある。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 藤嶋利郎 判事 飯田一郎 判事 井波七郎)

控訴趣意

第一点原判決は訴訟手続に法令の違反あり、判決に影響を及ぼすものである。原判決中被告人の表示をみると被告人福岡武の年令は当二十年とあり第一回公判冐頭に於ける同被告人に対する人定質問に対し同被告人は年令は二十年昭和五年十月生と陳述し之は、相被告人小山康雄と同年同月生となつている。然し事実は弁護人において本控訴趣意書に添付した福岡武に係る戸籍謄本に記載の通り同人は昭和六年十月九日生で未成年者であることは明かな事実である。従つて、原審公判手続をみれば裁判官は被告人福岡武の任意の陳述に基き、成年者と見做しその手続を進めたもので、形式上何等の違法なきものと解釈せられることに帰するけれども事実は、未成年者であつて当然少年法の適用を受けるものであるから仮令刑事処分を相当であるとしても少年法所定の手続を経てからなされなければならないものである。然るに被告人の陳述した生年月日にのみに基き、被告人が果して成年に達しているか否か疑はしきものであるにも拘らず本籍照会その他何等の調査もしなかつたことは些か当を失しているものと思料せられる。之は半面原審弁護人が斯る点につき何等裁判所に対して請求しなかつた点において訴訟活動を怠つているそしりを免れないとは考えられるけれども請求を俟たずとするも裁判所において職権を以て調査すべきであると思料する。尚附言するならば被告人両名の住居についても判決表示の住居は、被告人両名が農閑期を利用して上京し人夫として鹿島組の飯場にいた為に斯くなつた次第で真実の住居は、孰れも訴訟記録に添付せられた保釈許可決定の制限住居である。

従つて原審における勾留並びに訴訟手続は、勾留の通知を受けることができるべき親族の知らない中に手続は進行せられてしまつたもので訴訟手続の違背と言はざるを得ない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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